
日本では、スーパーやコンビニに行けばたくさんの食料品が並び、レストランに行けば好きなものを選んで食べることができます。そんな当たり前に感じる日常の裏側で、非常に大量の食料が廃棄されていることを想像してください。食料廃棄問題はさまざまな取り組みによって改善しつつあるものの、未だ大きな問題として私たちの目の前に立ちはだかっています。
前回の記事「もしも渋滞ゼロを実現できたら――数字で見る渋滞ゼロのインパクトおよびSAPの貢献」では「日本の渋滞問題」を対象としましたが、今回は「日本の食料廃棄問題」にまつわる数字およびIT施策を取り上げます。数字を通してそのインパクトを正しく理解し、生産者・販売者・消費者などそれぞれの立場からITを駆使することでどんな問題解決が図れるかを考えていきましょう。
日本の食料廃棄問題を数字から考える
まずは日本の食料廃棄の現状をより正確に把握するために、全体像を数字で捉えます。
日本では出回った全食料の約20%が廃棄されており、その廃棄量は世界全体の食料援助量の4倍以上にも及ぶ。
Source: 農林水産省:「食品ロス削減に向けて」
農林水産省の調査によると、日本の食料仕向量(国内市場に出回った食料の量)は8460万トンで、そのうち食品廃棄物は1728万トンです。この数字は、WFP(国際連合世界食糧計画)による世界の食料援助量400万トンよりもはるかに多く、4倍以上にあたります。
食料廃棄量はここ数年間でわずかに減少しているものの、いまだ相当の量が廃棄されています。そして廃棄量はどこから発生するものなのでしょうか?
家庭の台所から出る生ゴミが廃棄全体の約60%を占める。そのうち、可食部分は1人当たり年間60食分にも及ぶ。
Source: 農林水産省:「食品ロス削減に向けて」, 消費者庁ホームページ
廃棄量の内訳は事業系が715万トン、家庭系が1014万トンです。家庭系廃棄物のうち、可食部分は200~400万トン程度であるといわれており、仮にご飯1食250gと仮定して1人当たりに換算すると、およそ60食分にあたります。
この事実はもしかすると意外に感じるかもしれません。レストランなど外食産業での廃棄量以上に、私たちの家庭から多くの食品が捨てられているのです。
また、食料廃棄は食料そのものの問題だけにとどまらず、付随するさまざまな環境問題を引き起こしています。食料の生産から消費までのプロセスにおいて、大量の自然資源が使われています。たとえば輸入食料に着目すると、食料を育てるために現地では大量の水を使い、それを運ぶために大量のCO2が排出されています。これらの資源も、食料廃棄分はすべてムダということになります。
廃棄された輸入食料のために、日本の全家庭の年間使用量に匹敵する水が育てるために使用され、大阪府と京都府の全家庭の暖房での年間排出量に匹敵するCO2が運ぶために排出されている。
Source: 下記資料のデータをもとに推定
北陸農政局ホームページ, 北陸農政局「フード・マイレージ」について, 全国地球温暖化防止活動推進センターホームページ, 東京都水道局ホームページ, 総務省統計局 (家族類型別一般世帯数), 大阪府ホームページ, 京都府ホームページ
食料の廃棄率を20%とした場合、輸入食料のバーチャルウォーター(食料を育てるために必要な水)は約130億m3 がムダとなっており、これは日本の全家庭の年間水使用量とほぼ等しくなります。また、輸入食料のフードマイレージ(日本に運ばれるために排出されたCO2)も同様に約340万トンがムダとなっており、大阪府と京都府の全家庭の暖房からのCO2排出量とほぼ等しくなります。
食料廃棄問題の解決に向けて、ITが貢献できること
食料廃棄問題は、ある特定の立場の者だけに責任があるわけではなく、それぞれの立場から取り組むことが大切です。そして、業界全体でさまざまな取り組みがはじまっています。
たとえば、1/3ルールのような商慣習の見直しが検討されています。1/3ルールは、メーカーが卸や小売店に加工食品を納入できる期間制限を設けることで、「製造日から納入期限」「納入期限から販売期限」「販売期限から賞味期限」の期間を概ね3等分して設定していることが多く、この期限が欧米諸国よりもはるかに厳しいため、食料廃棄問題のひとつの要因とされています。実際、卸・小売からメーカーへの返品、受け取り拒否が年間1139億円(2010年)にも及んだそうです。この問題に対して多くの企業が業種・業態を越えてワーキングチームを構成し、解決に向けて活動しています。
また、消費者庁のNO-FOODLOSSプロジェクトでは、消費者の一人ひとりの意識・行動改革のために、小売店舗、マスメディア、SNSなどを活用した戦略的コミュニケーション(意識啓発、期限表示理解促進、エコクッキングなど)が行われています。
下図「食品ロス削減に向けて」は農林水産省の資料から抜粋したもので、各々の立場から取り組めることを整理しています。こういったさまざまな施策の中で、ITがどのように貢献できるのでしょうか。
Source: 農林水産省:「食品ロス削減に向けて」
代表的なIT施策として、上記①~③をもう少し掘り下げてみましょう。
① 需要予測の精度を向上させることで、食品の在庫を余らせない
フードサプライチェーンの中で原材料を調達してから消費者に届けるまで、いかに正確な需要を把握し、その需要に応じた供給を行うかに対して、ITは大きく貢献することが可能です。弊社のお客様のIT導入事例を参考にいくつかご紹介します。
カゴメ:
正確な需要予測のためには、季節性や特売、プライベートブランドなどさまざまな要素を加味する必要があり、分析対象は一般的な社内データ(売上、在庫、出庫実績など)だけでは十分ではありません。国内大手加工食品メーカーのカゴメ社は、小売業者への出荷データや店舗のPOSデータなど川下のサプライチェーン情報の外部情報、営業が商談や店舗視察で得た定性情報、製造日や賞味期限といった明細情報を組み合わせてビッグデータ分析を行うことで、需要の変化をいち早くつかむための仕組みを整えました。この取り組みは結果として、売れずに廃棄する商品を減らすことにつながっていると言えるでしょう。
Arla Foods(アーラ・フーズ):
精緻な需要予測だけでなく、その結果を素早くアクションに移すことも重要です。Arla Foods社はデンマークに本社を置く大手乳製品メーカーで、牛乳は賞味期限が短いためその管理が重要であるとともに、どの程度生乳として提供してどの程度加工乳として提供するか、販売計画のバランスも考える必要がありました。そこで、販売計画や生産計画、財務計画などを共通のプラットフォームで管理し、意思決定のサイクルを早め、計画を柔軟に変更するための基盤を構築しました。その結果、適切な在庫量でのオペレーションが可能となりました。
あきんどスシロー:
外食産業の立場からはどうでしょうか。国内大手回転寿司チェーンを運営するあきんどスシロー社は、「回転寿司総合管理システム」を導入し、年間10億皿ものすしがいつ売れたのかをICタグを通して把握しています。このシステムでは、テーブルの着席人数やグループ構成、着席してからの時間経過などを加味して、蓄積されたデータをもとに需要を予測しながら、レーンに流すすしの量やネタの種類をコントロールしています。その結果、すしの廃棄率が大幅に削減され、常に鮮度の高いすしを消費者に提供できるようになりました。
② 製造情報を可視化し製造ミスを削減することで、不良食品をなくす
製造現場において、歩留まりを高めることが食料のムダを減らします。システムで製造リードタイムや工程進捗状況、設備稼働率などさまざまな製造KPIを管理することで、製造現場の状況を常に把握し、問題の発生を未然に防ぐことが可能となります。
Coca Cola:
グローバルで毎日16億以上の製品を供給するために、各地域のプラントシステムと本社の基幹システムを統合し、製造KPIをグローバル共通で管理しました。その結果、製造業務の品質を大きく高めることができました。
③ 冷蔵庫など家庭内の食品在庫を可視化し、ムダな買いものをしない
消費者としての視点から、私たちの生活におけるITの活用はどんなことが考えられるのでしょうか。その答えの一つとして、あらゆるキッチン電化製品がインターネットとつながって情報をやり取りする“コネクテッドキッチン”が徐々に現実味を帯びています。
たとえば、“コネクテッド冷蔵庫”を想像してみましょう。冷蔵庫に入っている食品の賞味期限がいつの間にか切れており、仕方なく捨ててしまう経験は多くの方にあると思います。コネクテッド冷蔵庫はそんな問題を解決します。冷蔵庫のドアのスクリーンには今ある食品が表示され、賞味期限切れを起こしそうな食品にはアラートが表示されます。今ある食品をもとにした買物リストをスマートフォンのアプリから作成でき、ムダな買い物も防げます。牛乳などの日常品は店舗に足を運ぶことなく、小売店と連動して自動的に発注する仕組みを利用しても良いかもしれません。そしてインターネット上の情報サイトやSNSと連動して、今ある食材でこんな料理をつくることができるというレシピの検索にも役に立つでしょう。 さらに、これを事業者の視点から捉えると、需給計画の最適化にもつながります。その地域の各家庭の冷蔵庫の在庫・消費状況がリアルタイムに可視化されると、市場全体での需要をより精緻に推測することが可能になります。小売業者はどの程度食品を用意する必要があるのか、製造業者はどの程度食品を生産すれば良いのか、双方にとって望ましい情報となるのではないでしょうか。
そんな未来図がIoTの技術によって実現されようとしています。もちろんさらなるテクノロジー進化やコスト削減、プライバシー保護など解決しなければならない問題も多いですが、その先にあるポテンシャルは非常に大きいのではないでしょうか。ガートナー社のレポートによると、今後キッチンの食材がセンサーによって繋がることで、フードサプライチェーン管理が最適化され、2020年には少なくとも15%のコスト削減に寄与すると述べられています。