国会議員や会社経営者などのエリートたちは、社会的地位が高いにもかかわらず、なぜスキャンダルを起こすのか。医師の和田秀樹さんは「バカだからだ。まさか自分は失敗しないだろうと思っているのだろう。医師として、非常に危ういものを感じる」という――。
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※本稿は、和田秀樹『50歳からの「脳のトリセツ」 定年後が楽しくなる!老いない習慣』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。
最初に縮みはじめるのは、意欲と感情をつかさどる前頭葉
脳は前頭葉から衰え、前頭葉が衰えると、脳全体が衰えます。
脳の研究者の間では、かなり早い時点から、脳で最初に縮みはじめるのが前頭葉であること、それが40代ごろから始まることが知られていました。
その一方で、前頭葉の役割については、長らく解明されていませんでした。脳のなかでもっとも大きな部位であるにもかかわらず、20世紀に入っても未知の領域だったのです。
前頭葉の役割がわかったきっかけとなったと言えるのは、ロボトミー手術でした。
1930年代にE・モニスという神経科医が、統合失調症の治療法として、前頭葉の一部を切除する手術が有効だと提唱しました。これが、ロボトミー手術です。
ロボトミー手術は、画期的な治療法として一躍脚光を浴びました。たしかに、前頭葉の一部を切り取ると、統合失調症の興奮症状が鎮静化するのです。しかも、側頭葉や頭頂葉がつかさどる言語能力や計算能力、つまり「知能」には影響しません。まさに理想的な治療だと思われました。この功績により、モニスは1949年にノーベル生理学・医学賞を受賞するに至ります。
ところがその後、弊害が次々にわかりました。手術を受けた人たちが、意欲が極端に低下して終日ボンヤリとしてしまったり、感情の切り替えがきかず興奮状態が止まらなくなったりする症状を呈したのです。
一転、ロボトミー手術は禁忌の手術となり、モニス自身も、恨みを抱いた患者から銃撃され、終生半身不随となりました。
悲惨な結末を迎えたロボトミー手術ですが、こうした経緯により、前頭葉の役割が意欲と感情のコントロールであることが、期せずしてわかったのです。それまでも、事故などで前頭葉を損傷した人が同様の症状を呈する報告はありましたが、手術を受けた多くの人に似たような症状が現れたのです。
前頭葉が老化していることがわかる“ある行動”
では、前頭葉が衰えると、どうなるのか。
脳腫瘍や脳出血、もしくは認知症によって前頭葉の機能が損なわれた患者さんには、「保続」という症状が見られることがあります。簡単に言うと、同じことを繰り返す症状です。
たとえば、患者さんに「今日は何月何日ですか?」と聞き、それには正しく答えられたとします。だとすると、その日付を覚えているのですから記憶はおおむね正常です。知能もおそらく大丈夫でしょう。ところが、続いて「あなたの誕生日は何月何日ですか?」と聞くと、前の質問に対する答えと同じ、「今日の日付」を答えてしまうのです。
前頭葉機能検査の国際基準となっている「ウィスコンシン・カード・ソーティング・テスト(WCST)」でも、保続についてのテストを行います。
この検査では、トランプのようなカードが使われます。カードには、赤・緑・黄・青の4色、星形・丸形・三角・十字型の4種類のマークが描かれていて、マークの数は1~4まであります。「色/形/数」という三つの軸で分類できるカードを、ある規則性を持って提示していき、「では、次は何が来ますか?」と推理してもらうテストです。
検査を行う側は、その規則性をときどき変えます。たとえば最初は「3、2、1、4」と数だけ変化させて3周繰り返しておいて、次は「赤・青・緑・黄」と色の変化に切り替えます。すると、保続が起こっている患者さんは、最初の「3、2、1、4」という規則性から離れられず、誤った答えをしてしまいます。最初の規則性をすぐに見抜けるのですから、やはり知能はおおむね正常のはずなのに。
前頭葉が衰えると、これほどではなくても、保続と似たようなことが起こります。
ご自身を振り返ってみてください。
最近、行きつけの店にしか行かなくなっていませんか?
同じ著者が書いた本ばかり読んでいませんか?
新しい環境や事物に対して、抵抗を覚えてはいないでしょうか?
これらの「前例踏襲思考」こそが、真に警戒するべき老化の兆しです。
人の名前が思い出せなくても心配しなくていい
中年期の皆さんが「脳の老化」で一番気にすることと言えば、記憶力の低下でしょう。「人の名前が思い出せない」「前から買いたいものがあったのに、ネットのセールが始まってみると、それが思い出せない」などです。
そんなとき、「認知症の前触れか?」と焦る方もいるかもしれませんが、これは老化とはほとんど無関係で、心配すべきポイントではありません。
このタイプの物忘れは「想起障害」と言って、脳に書き込まれたデータが多すぎるがゆえに、スムーズに引き出せなくなっている状態です。50代ともなれば、起こって当然の現象とも言えます。これまでの人生経験も積み重なってきますし、仕事をバリバリこなしている人なら、書き込まれる情報量も膨大だからです。
想起障害の場合、引き出しにくくなっているだけで、記憶そのものはきちんと残っています。人間の脳の記憶容量は、皆さんが思うよりもはるかに膨大なのです。
たとえば、20年ぶりに訪れた町で、「そうそう、前もこの店に入った!」と思うことがあるでしょう。20年間ずっと忘れていたのに、その場所に行けば思い出せる。あとからどんなに新たな記憶が積み重なろうと、記憶は保存されているのです。
新しいことが覚えられないのは要注意
一方、心配すべき記憶障害もあります。「記銘力障害」です。新しいことが覚えられなくなる症状です。
原因は神経伝達物質「アセチルコリン」の減少、それによる海馬の機能低下など。そのほか、うつ病がきっかけになることもあります。
認知症の方は、30分前にした話を忘れてまた最初から繰り返したり、食事を摂ったのに「食べていない」と言い張ったりすることがあります。それは、脳に新しく情報を書き込む力が落ちているからです。
この症状が中年期から起こる人は、ごく少数です。しかし、前例踏襲傾向の強い人はやはり、警戒が必要です。前例踏襲もまた、新たな情報を脳に書き込めない兆候と言えるからです。
IT化に対応できなかったり、過去の成功体験にしがみついていたりするなら、黄信号です。仕事以外のことでも、「変えたくない、今のままでいい」と思う人は、前頭葉の老化を進行させる危険があるのです。
「頭のいい人はずっと頭がいい」はウソ
私は世の中に、「頭のいい人」と「バカな人」がいるわけではないと考えています。どんなに頭のいい人でも、バカになってしまうときがあります。
頭のいい人がバカになってしまった代表例が、既得権益に群がる「偉い人」たちです。
こうした人たちは高い地位に上り詰めたあと、努力しなくなります。肩書を得ることが目的化し、肝心の仕事内容に対する関心が薄れるのです。時代の変化についていこうとせず、「自分は賢い」と思い込み、従前のやり方に固執するといった行動は、「知的怠惰」と呼ばれるものです。
この怠惰に流されると、周囲の言葉に耳を傾けなくなります。部下からいいアイデアが出ても、その可能性を見過ごしたり、握りつぶしたりします。頭のいい人の行動とはとうてい思えませんが、「偉い人」ほど、こうした「バカ化」のリスクが高くなります。
頭のいい人がバカになる現象には、もう1種類あります。それが、感情のコントロールがきかなくなったときのことです。
元エリート官僚だった国会議員の方が、カッとなって秘書を罵倒した音声が公表され、大騒ぎになった一件がありました。
留学経験もあるエリート官僚だったのですから頭のいい人なのでしょうが、あの金切り声を聞くと、とてもそうは思えません。
恋に狂ってスキャンダル写真を撮られたり、業績アップの圧力に耐えかねて粉飾決算をしたりするのも、このタイプの「バカ化」に飲み込まれた結果です。
この2種類の「バカ化」は、誰にでも起こる現象です。
しかし日本では「頭のいい人はずっと頭がいい」という認識が強いようです。
アメリカ人は、頭のいい人もバカになることを認識しています。会社経営をする人は、専属の精神科医を相談相手とし、定期的にカウンセリングを受けるのが常識です。感情などに歪められた誤った判断をしないための、転ばぬ先の杖です。
日本の経営者に、そうした予防策を講じている人はめったにいません。「自分がバカになる瞬間はない」と思っているのでしょうか。医師として、非常に危ういものを感じます。
どんなときに感情が乱れやすいか知っておいて損はない
「バカになる」現象は、人間ならば全員に起こります。しかし、その自覚を持って気をつければ、人は賢いままでいられます。
そこで必要となるのが、自分がバカになってしまうのはどんなときか、いつ、どんな場面で感情が乱れやすいかを知っておくことです。
人間全般が、どんなときに「バカになる」かを知ることもきわめて有意義です。国民性や県民性、「この会社では」「うちの家族は」といった自分の属する社会の傾向もつかんでおくとさらにいいでしょう。
つまり、生きていくなかでしてしまいがちな「失敗」について、詳しく知ることが大事なのです。
工場や建築現場などでは、事故に結びつきそうな危うい場面を「ヒヤリ・ハット事例」として共有し、ミスの起こりやすいポイントに掲示するなどして注意喚起を行います。「バカになる瞬間」対策としても、これをすればいいのです。
自分は失敗しうるという前提
私がこの手の話をすると、「自分が失敗する可能性なんてイメージしたくない」という反応がよくあります。
私がこれまで数多く書いてきた受験勉強の本のなかでも、ミス対策のために受験生がしがちな失敗をいくつも挙げている本は、受験生が買いたい本ではなかったようです。
しかし、点数を上げるための勉強をいくらしても、ミスのために不合格となる生徒が毎年おびただしい数に上っているのが事実です。問題を解く力を磨くだけでなく、ミスを防ぐ「守り」も固めておかないからそうなるのです。スポーツでオフェンスばかり強化して、ディフェンス力はまったく鍛えないようなものです。
スポーツの世界では、体づくりの方法も、勝つための練習法も、どんどん合理的になっています。「うさぎ跳びでグラウンド10周」の類の根性論はもはや遠い過去のものです。ところが勉強では、いまだに根性論が幅を利かせているのだから不可解です。
勉強にしろ、「バカになる瞬間」対策にしろ、「自分は失敗しうる」という、当たり前の前提に立つことが重要です。
なのに、なぜ抵抗を覚えるのか。そこには、日本人特有の感情の傾向があるように思えます。
日本人にアンガーマネジメントは不要
皆さんが、どんな感情をコントロールしたいかと聞かれて、おそらく最初に思いつくのは「怒り」だと思います。
現在、感情コントロールをテーマにした書籍のなかで売れ筋となっているのは、「アンガーマネジメント」系の本です。怒りを鎮めるノウハウに対して、高いニーズがあるのです。
たしかに、アンガーマネジメントは大事なスキルであり、心得ておくに越したことはないでしょう。
しかし、日本人が本当に気にすべきポイントはそこではない、と私は思っています。
アンガーマネジメントの発祥地はアメリカです。こうしたトレーニングが生まれるだけあって、彼らが怒りに駆られたときの激しさは、日本人の比ではありません。
日本人は彼らよりずっと穏やかですから、怒りを抑えることにそこまで懸命にならなくていいのです。というより、むしろ「怒るべきときに怒れない」のが今の日本人です。
現在の政治に対する、日本人の「怒らなさ」は驚異的です。
30年にわたって国力が落ち続けても、格差が広がり続けても、旧世代が利権に群がっていても、公文書が改竄されても、非難の声が大きな潮流となることはありません。
政治家の疑惑も、いつしかうやむやにされます。「とことん追及しよう」などと言う人は、「いつまで怒ってるの?」という目で見られます。
ほかの国ならばとっくに政権がひっくり返っているような事態を、日本人は何年も、許し続けているのです。
そんな人々がアンガーマネジメントの本を買って、「6秒数える」「深呼吸する」などの怒りの抑え方を学ぼうとするのはいささか妙です。日本人は全体的に、自分たちの感情の持ち方について、自己認識を誤っているのではないでしょうか。
———- 和田 秀樹(わだ・ひでき) 精神科医 1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。和田秀樹 こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学大学院教授。2022年3月発売の『80歳の壁』がベストセラーに。22年7月から日本大学常務理事に就任。 ———-