人工知能(AI)の技術革新は目覚ましく、応用分野によっては、人間よりも精度の高い判断ができるまでに進化しました。例えば、将棋や囲碁などでAIによる形勢判断や最善手を、プロの棋士が参考にするようになっています。さらに、AIはレントゲン写真から経験豊富な医師でも見逃すような見えにくい病巣の発見や、弁護士の役割だった類似判例の洗い出しもできるようになりました。
機械が人間よりも賢くなる衝撃の近未来
人類は長い歳月をかけて脳を進化させ、知性や知能を身に着けてきました。しかし、現状のAIは、人間の脳の進化を遥かに超えるペースで賢くなっているようです。このまま進化し続けると「世の中のあらゆる出来事をAIが判断できるようになる」と考える人も多いでしょう。そんな漠然とした技術進化の未来像を明確に定義して表現した言葉が「シンギュラリティ(技術的特異点)」です。
シンギュラリティとは、AIなどの機械が、より賢い知性を自律的に生み出せるまでに進化する時期のことを指します。いまのところ、AIは、研究者やエンジニアなど人間の力を借りて進化しています。ところがAIが賢くなり続けていくと、ある時点で、人間の助けを借りることなくAI自身がより賢いAIを作り出せるようになる可能性があります。コンピュータが人間の脳を追い越す状態が、シンギュラリティなのです。
人間は地球の覇者であり続けられるのか
未来学者であるレイ・カーツワイル博士は、2005年に出版した著書『The Singularity Is Near:When Humans Transcend Biology』の中で、「2029年にAIは人間並みの知能を備え、2045年にはシンギュラリティがくる」と予言しています。その後、ディープラーニング(深層学習)技術の著しい進歩とその応用は、眼を見張る成果をもたらし、カーツワイル博士の言葉に現実味が出てきました。しかし、人間よりも賢い機械が生まれる時代が目前に迫っていることに、懸念を抱く人もいました。
現代IT産業の創造者の一人であるビル・ゲイツ氏は「AIが進化することで人間の仕事は次々と奪われる可能性がある。ロボットから税金を徴収することを検討すべきだ」と述べています。また、電気自動車(EV)や宇宙開発など近未来の新ビジネスの創出をリードしているイーロン・マスク氏も同様の危機感を口にしています。
なぜシンギュラリティは起き得るのか
そもそも、人間が作り出した機械であるAIが、なぜ人間を超える知性を持つまでに進化することができるのでしょうか。その背景には、二つの技術トレンドがあります。
一つは、膨大なデータの中から物事の判断基準や問題解決の方法を機械が自発的に見つけ出す、機械学習のような技術が実用化されたことです。これまでのコンピュータでは、問題を解く手順や条件を明確に記したプログラムに沿って判断や問題解決をしていました。プログラムとはいわば人間が作った作業マニュアルであり、人間よりも速く処理できても、人間が想定できない答えを出すことはありませんでした。
しかし、データの中から機械が自律的に処理方法を見つけ出すようになると、人間の解き方を逸脱する解法が出てくる可能性があります。このため、人間の能力を超える精度の判断や答えを出せるようになるのです。
もう一つは、AIの性能を決めるコンピュータの処理能力が、指数関数的な半導体性能の向上によって、高まり続けていることです。約2年で2倍のペースで半導体の集積度を向上するという、いわゆる「ムーアの法則」が成り立っている間は、AIはどんどん賢くなり続けます。人間は、どんなに学習能力に優れた人でも、指数関数的に賢くなるようなことはありません。さらに、こうした半導体性能の向上は、ネット上でアクセスできるデータの量も増やす効果もあります。AIにとっての学習する教材が増えるため、ますます賢くなっていきます。
シンギュラリティは何をもたらすのか
人間よりも知性で勝るAIの登場は、懸念されることなのでしょうか。本来、人類は長い歴史の中で大きな技術革新を経験し、より豊かな社会を形成してきました。18世紀から19世紀にかけての産業革命では、物理的な力で人間に勝る蒸気機関などの登場で近代工業が生まれました。結果、繊維産業が爆発的な成長を遂げたことなどで、新たな雇用を生み出しました。
産業革命後に生まれたさまざまな機械は、人間の能力を拡張・補完するために使われています。工場で効率よく製品を作る製造装置や工作機製造装置は、人間のコントロール下で運用することで、豊かな生活や社会の実現に貢献してきました。
同様に正確無比な判断を下し、眼を見張る答えを導き出すAIも人間の管理下で動くようにする必要があるでしょう。AIが下した判断や答えに基づいて仕事や行動を進める際には、最終的な決裁と行動によって起きたことの責任は、常に人間が負うことが大切だと言えます。多くの仕事では、より大局的で非常にサンプルが少ないなど、難しい判断を伴う業務を人間が担うことになるでしょう。つまり、人間は優秀なAIを部下に持つ管理職の役割を果たすことが、これまで以上に増えるのではないでしょうか。
人間を超える知能を人間が使いこなす
AIが進化し続けることで、医師や弁護士が担う高度な仕事さえ機械化される未来が訪れるでしょう。しかし、どんなに進化しても、人間を無責任な立場に置き、すべての仕事や責任をAIに頼ってしまったら、ゲイツ氏やマスク氏が懸念する人間がAIに隷属する世界、バッド・シナリオが現実化します。
シンギュラリティを迎えた後、人間の管理下で協調しながら動くAIは、人間の頭脳を拡張・補完し、エネルギー問題や環境問題、医療問題など、人類が解決できなかったさまざまな社会問題の解決や、さらなる豊かさを生み出すための強力な武器になるはずです。シンギュラリティ後を見据えたグッド・シナリオを実現するためには、「人間を超える知能を人間が使いこなしていく」ことが重要となるでしょう。